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雑貨人生20数年の想い出、感じたこと、創作を愛する人へのエール といった感じのエッセイです。
雑貨屋KUMAのエッセイ 「雑貨想い出帖」 バックナンバー

   Vol,14〜Vol,59

(14以前は保存してありません)


第44回
「商業デザインの敵は、自分の弱さ」
(2003年9月1日UP)

趣味でなにかを作る場合、そのモチーフもデザインも自由ですよね。 どんな物を作ってもいいわけです。 アイテムも、置物でもいいですし、磁石を接着して冷蔵庫につけてもいいですし、なんでも制約なしに作ることができます。 そしてそれらの作品はそれなりにかわいいですよね。
しかし商売としてお客様に売るとなると、そうはいかなくなるのです。 売るにはそれなりの制約や約束ごとがあるのですね。 それを無視すると売れないのです。
ではどういう制約があるのか、というお話を今回はしてみましょう。

幼稚園や小学校、あるいは地域のバザーなどで、手作り品を作って販売した経験のある方はご存知でしょう。
作っている時はとても楽しいですよね。 みんなでなにを作るかアイテムを考えたり、デザインを描いたり、切ったり、貼ったり、塗ったりしてとても楽しいんです。 ビニール袋に入れて、かわいいリボンをつけたりしてね。
さてバザー当日、ワクワクしながら売り始めてみると、なかなか買ってくださらないんですよね。 知り合いや友達が「付き合い」で買ってくれるばかりで、考えていた以上に売れなくて、作った物が残ってしまって困った、なんて経験をされた方も多いはずです。
それが作って楽しい「趣味」のデザインと、売るための「商品」のデザインとの違いなんですね。

そのふたつに明確な違いはありません。 ちょっとした違いなんですが、売れない物は売れないんです。
作るのが楽しくても、それをもらった人にとっては「どこに飾るのよぉ、これ」、という物もありますよね。 もらって困るような物は当然あまり売れません。
また仕上がりの良し悪しも趣味と商品では違うでしょう。 趣味なら許されるキズも、お金をいただく商品としては許されないことがあります。
自分が買う側になればそういったことはわかるのですが、作った物には愛着が湧きますから、客観性を失ってしまうのです。

販売目的で物作りを始めた当初は、気持ちにも勢いがありますから、こんな物も作ってみよう、次はこういった物を作ってみよう、といった感じでどんどん作品が作れます。 実はこの時期が一番楽しいんですよ。 あれも作りたい、これも作りたいという時期が。
勢いがあると作品にもそれがあらわれますから、最初のうちは結構売れたりするんです。 しかしそうした勢いというのは、いつまでも続くものではなく、だんだんと作りたいデザインがなくなってきます。 それでも仕事である以上は、なにかしら作らなくてはいけません。
そして一度売れないものを作ると悩み始めるのです。 どういうものを作ったら売れるだろう、とね。 こういう気持ちが起きるとデザインすることがむずかしくなるのです。 なにを作ったらいいのかわからなくなるんですね。
自分がこういう物を作りたい、という気持ちよりも、どういう物が売れるだろう、という気持ちの方が強くなると、お客さんにうけることばかり考えて、主体性を失ってしまうのです。

売り物の場合、自分がいいと思っても、買ってくださるお客様がそう思うとは限りませんよね。 その逆のことも多いのです。 自分でいいと思ったものが受け入れられず、あまり自信のない物が売れたりすることは珍しくありません。 だからますますわからなくなるんです。
お客様と自分というふたつの○があり、その○の重なった部分が売れる商品とします。 その重なった部分が多いと、たくさんの商品がお客様に受け入れられることになり、少ないと逆に売れる物が少ないということになります。
その接点も多ければいいというわけではなく、「おしゃれ」や「かわいい」を維持していなくてはいけませんし、お客様には受け入れられなくても、自分のイメージを高くするために、ずーんと突き抜けた作品も数点は必要なんです。 売るのが目的ではなく、「すごい!」と思わせるのが目的の商品ですね。 これは客観的な目を持っていないとむずかしいことなんですが。


明らかに自己満足な作品だったり、利用価値の少ない物は売りにくい、あるいは売れないというのはよくわかると思いますが、そこそこ一般的でいても、売れる物と売れないものがあります。
それはどこがどうちがうのか、正直に言いまして、作る側の人間にはこれは決してわからないんですよ。 これがわかれば世の中だれもが成功しているはずです。 才能のあるデザイナーをたくさん抱えた大企業でさえ、ヒット作を出すのはとてもむずかしいことですからね。 客観性を持ちにくい個人では、わからなくて当たり前なんです。
人の物を批評することはできます。 しかしではどういう物がいいかということはわからないんです。

売れないということは、お金が入ってこないということで、生活は行き詰まっていきます。
考えれば考えるほど、もがけばもがくほど出来上がる物はひどくなっていきます。 そうした悪循環の中にはまると、抜け出すのはなかなかむずかしいことなのです。
いい物ができないからあせります。 あせって時間ばかりが過ぎていくと、余計に売れる商品が欲しくなります。
そうなるとつい作る物のレベルを下げたくなるんですね。 (「これは芸術だから」と自己満足に陥るのは問題外です)
レベルを下げると、当然値段も下がります。 いったん下げたレベルを、もう一度元に戻すのはとてもむずかしいことなのです。
これはハンドメイドだけでなく、仕入れをして売るショップでも同じことが言えますね。 売上げが上がらないことにあせって、扱う商品のレベルを下げる、あるいはセール品ばかりを扱うようになり、ますます定価商品が売れなくなってしまいます。 こうなると自分で自分の足を引っ張るようなもので、立ち直るのは非常にむずかしいですね。

物作りやショップを始めた時に、こういう物はやらないという、自分で決めたボーダーラインがあります。 なければ商売は成功しません。
このボーダーラインを守れるかどうかなんですね。 人間は誰しも弱いものです。 だれだってお金が欲しいです。 苦しい生活はしたくありませんから、どうしてもボーダーラインを下げたくなるんですね。 ちょっとぐらいはいいだろう、とね。
でもこれは絶対に下げてはいけないんです。 たとえ今はしのげても、あとでもっともっと大変になってしまうのですよ。 だから苦しくても、歯を食いしばって我慢しなくてはいけないのです。

もちろん私もそうした経験をしてきました。 といいますか、これまでの作家人生はそうした自分自身の弱さとの戦いだった、といっても過言ではありません。
今ではだいたい売れるデザインがわかるようになりましたから、それほど悩まなくなりましたね。 いい作品にするための苦労はありますが、売れる作品にしなければ、という苦労はなくなりました。
いい作品であるかどうかは別ですけどね。

私の作品にはいろんなタイプがあります。 見ていただくとおわかりになると思いますが、ひとりの人間が作ったとは思えないとよく言われるほどです。
私の場合、こうしていろんなタイプの作品を作ることで、デザインの袋小路やアリ地獄に、はまらないようにしてきたのです。
「エンジェル」のような作品を作ると、次は「バラシリーズ」のような物が作りたくなり、それが完成すると「ブロッククロック」のような作品が作りたくなる、といった具合にですね。 だからいつも新鮮な気持ちで、作品のデザインをすることができるのですね。 こうすることで、自分自身の作品に対する客観性も保つことができるのです。

それから気を付けていることとして、自分より下のレベルの作品や商品を見るのではなく、絶えず上の物を見て刺激を受けるようにしています。
これは自分自身のレベルを下げないための工夫です。 上を見ていると、デザインに行き詰まることがありません。  マネをするのではなく、刺激を受けて励みにするんですね。 自分もあんな素晴らしい作品を作るぞってね。
そうした勉強をしていますと、自己満足に陥ることもありませんし、作る物のレベルも下がりませんし、お客様の気持ちや立場で作品作りができます。

ショップなどを見ていますと、つまらない商品もありますよね。 それを「ヘンなの」と言って、ポイっとするのではなく、どうしてヘンなのか、どこがよくないのかを考えます。 色なのか、柄なのか、大きさなのか、それともどこにでもあるからなのかを考えます。 そしてその原因を覚えておいて、自分が作品を作る時、商品を仕入れる時に、そうならないように気を付けるのです。
こうしていればお客様の目で自分の作品や商品を見やすくなります。 これはいい商品を見るよりも勉強になりますよ。

「好きだから」で始めても、そうした気持ちは長くは続きません。 仕事となればなおさらのこと。
お客様からお金をいただくためには、日頃からそうした勉強を怠ってはいけません。 すべて自分自身のため、家族のですからね。
だから私はこれからも上を目指してがんばりますよ。 「上」というのは社会的に、という意味ではなく、自分にとって、という意味でです。 より充実した人生をおくるためにね。