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雑貨屋KUMAの田舎暮らしエッセイ 「東丹沢山ごよみ」 バックナンバー

  第1回
 「田舎暮らしをはじめて14年」

  第2回
 「私の住む集落を紹介しましょう」

  第3回
 「山歩きと日本の山林の現状」

  第4回
 「私の山の楽しみ方」

  第5回
 「山野草と山菜 春のよろこび」


  第6回
 「春から初夏の山」

  第7回
 「幻想的な梅雨時の山、そして夏へ」


  第8回
 「秋の山野草と山の生き物たち」



第4回
「私の山の楽しみ方」
(2012年3月10日UP)

この 「東丹沢 山ごよみ」 では、神奈川県西部の山の中腹にある歴史の古い集落で、2012年12月までの約15年間、家族とともに田舎暮らしを楽しんだ私の日常や、山で見られる美しい花や風景をご紹介しています。



砂防ダム建設のために造られた林道。
今は山林の管理に使われています。
さて、前回私が登山をしない理由と、林道についてお話しましたから、今回はいろいろな林道の様子を見ていただきましょう。

林道は林業のための道がおもなものですが、送電線の点検のために、林道から鉄塔まで続く道もあります。 また、砂防ダム建設のために造られた道や、ずっと昔から山中の移動のために使われてきた道、そして信仰のための道など、いろいろな性格の道が山の中には存在し、それぞれに少しずつ様子が違うんですね。

もちろん1本の道でも、陽のよく当たる場所と、谷間になって薄暗いところ、風の吹きぬけるところ、水が湧いているところなど、その場所によって生育している植物が違いますし、それによって景色や印象も変わります。
ですから歩いていて楽しいんですよ。


左の画像では正面から陽が入っていますから、谷の方から南に向かって歩いていることがわかります。
両側にスギやヒノキが植えられて、ほとんど陽が当たりませんから、草がほとんど生えていなくて、山野草好きとしてはあまりおもしろみのない場所です。


右の画像の林道は、送電線点検のために、鉄塔から鉄塔へとつながっている道で、道の右側にシカなどの動物が里に入ってこられないようにするための、防護柵が設けられています。

住んでいる者の感想ですが、こうした柵はほとんど役に立っていません。 だってこうして林道に入ることができるということは、出ることもできるわけですからね。
野生動物はそれほどバカじゃありませんから、ちゃんと抜けられるところを見つけてそこから出入りしていますよ。

柵の張られた道では、動物たちが柵にそって移動するため、足跡などの痕跡がよく残っていて、このときもツキノワグマかイノシシのフンがあってちょっとドキッとしましたよ。
なぜツキノワグマかイノシシと思ったのかといいますと、フンの中に木の実の種がいっぱい入っていたからです。

画像を見ていただくとわかりますが、陽がしっかりと当たっていますね。 ここは山の南側の斜面で、雑木林とスギやヒノキの植林が交互に続いているので、こうしたところには山野草が多く、歩いていて楽しい道なのです。 

人が歩くための林道。



車が入れるように舗装された林道。
隣の市へとつながっています。
本線と言ってもいい舗装された林道です。 人工物がありますと殺風景に見えますね。 しかし陽が入りやすいため、意外と植生が豊かで山野草もたくさん見ることができますし、また雑木も多いですから、木の実を食べに集まる野鳥の観察にも適しているのですよ。
私は野鳥に関してはあまり知識がありませんけどね。

野生動物はこうした舗装された道路をほとんど使いません。 やはり見通しのいい場所は、敵 (捕食する側) に見つかりやすい場所でもあるため、急いで横切る姿をよく見かけます。

こんな急斜面を、シカたちは平気で上り下りするんですよ。 すごい脚力ですよね。 どどどどぉーーっと斜面を駆け下りてきて、ガードレールをぴょ〜〜んと跳び越えて、ものすごい勢いで谷へと下っていきます。
「大丈夫なの!?」 と思ってしまいますが、大丈夫なんですねぇ。

こうした開けた林道では、シカのほかにもニホンザルやカモシカ、タヌキなどをよく見かけます。 それがなかなか楽しい。


右の画像の林道は、ずいぶん前に植林のために作られた道で、今は入る人もなく、ところどころ崩れていたり、倒木で道がふさがれていたり、実生の木が育ったりしています。

この道は薄暗く陰気で、歩いていてあまりいい気持ちではありません。 なにやら背筋がぞぞっとする感じのところですね。
こうしたところは山野草も山菜も見られないですし、危険でもありますから、早々に見切りをつけて引き返すのが賢明でですね。


ここまで4つのタイプの林道を見ていただきましたが、ひとくちに「林道」と言っても、その用途と場所、植物の植生によって千差万別であることがおわかりいただけたと思います。

ですから本線から入ってみて当たりの道もあれば、はずれの道もあるわけです。 思いがけず山野草の群生に出会って歓喜することもあり、動物の頭蓋骨を踏みそうになって飛び上がることもある、というわけです。

日当たりの悪い、陰気な林道。
こうしたところはあまりおもしろくない。



清流の音を聴いているだけでも
日常から解放されていいもんです。
自然の中に出かけていくことはとても楽しいことなんですが、どうやって楽しんだらいいのか、なにを見たらいいのかわからない、という人が意外に多いですね。

子ども会役員をやっていた時に、キャンプの企画運営を担当していたのですが、子どもたちのほとんどは自然の中での遊びがわからず、役員をされているお父さんやお母さん方も、「川でなにをしたらいいんですか?」 という人が多かったですね。 今の世の中ではそれはしょうがないことだと思いますが。


私は 「こうして楽しもう」 などと考えて楽しんでいるわけではありませんが、自然を楽しむには、まずよく見ること、まわりの音をよく聴くこと、。 それが基本だと思いますよ。
ゆっくり歩きながら、地面も、草も、樹も、空も、すべてに興味を持って 「なにかあるんじゃないか」という気持ちでよく見、そして同時に耳を澄ませて、さまざまな音を聴くことですよ。 意識的に気持ちをゆったりとさせてね。

ですから大勢で出かけて行くと、おしゃべりに夢中になって自然を楽しむことができないんです。 ただ山を歩いた、というだけではせっかく来た意味がありませんから、大勢で行くにしても、みんなで気持ちをそろえて、ゆっくりと見て、聴いて、味わってほしいですね。


それでは実際にフィールドを観察してみましょう。

右の画像は林道に残された足跡です。 2つのひづめの跡がついていますから、この足跡の主はシカであることがわかります。
ひづめは先が少し細くなっていますから、どっちに向かって走っていったかもわかりますね。
足跡の残り方で新しいか古いかもわかります。


足跡の前後を見ますと、5〜6メートル向こうの左側の斜面に上り下りをする崩れがあり、そこのガードレールの向こう(画像の右上)はブロックで固められているので降りられません。 それで少し道路を走って、そして右側の斜面へと獣道 (けものみち) が続いているのがわかります。

シカの足跡。



地面より1メートルくらいの高さから上に
潅木の枝が伸びている道は獣道です。
枝のない1メートルの空間が
動物たちの歩くスペースなのですよ。
左の画像が道路から下っていく獣道です。 動物たちは警戒心がとても強いので、同じ道を通ります。 ですからこうしてしっかりと道になっていくわけですね。
昔の猟師はこうした獣道で獲物を待ち伏せたそうです。 理にかなっていますよね。


ところで、山ではよく遭難者がでます。 私が住んでいる集落のまわりの山々でも、毎年何人かが遭難しています。 たいていは助かるのですが、不幸なことにいまだに行方不明となっている人も少なくありません。

救助された人、なんとか自力で下山した人の話を聞きますと、こうした獣道を地元の人が使う近道と勘違いしたり、山に慣れた登山者だけが知っている隠れた登山道だと思い違いをして、下ってしまうケースが結構あるんですね。 それはとても危険なことなんです。

集落から程近い山であっても、一度踏み迷ってしまうと方向がわからなくなることがありますし、なんとか谷まで下っても、そこから先に進めず、元にも戻ることもできなくなる、などということがありますから、山を歩く場合には注意が必要なのですよ。


ちょっと目線を下に向けて見ますと、冬でも植物の様子を観察することができます。

右の画像は私が大好きな色のひとつ、ジャノヒゲの実です。 リュウノヒゲとも言いますね。 トトロがどんくりを包むのに、ひも代わりに使っていたのがこの細い葉っぱで、冬になるとこんなに色鮮やかな実をつけるんですねぇ。
どうです? 自然界にもこんなに鮮やかなブルーが存在するんですよ。 きれいでしょ? 私はジャノヒゲを見つけると、必ずその根元をチェックします。 子どもの頃からのクセですね。

こういう美しいものは見ただけで幸せな気分になります。


ほかの植物に先駆けて春を知らせてくれる、ハコベです。 小さい花ですが、しゃがんで顔を近づけて、よぉ〜〜く見てみてください。 とてもかわいらしくて、そして美しいんですよ。 おしべ、めしべがかわいくてね。

野原や川辺に、大型のウシハコベという種類がよく群生しています。 ウシハコベはおひたしにするととてもおいしいんですよ。
茹でてしまってはダメです。 洗ってざるに広げて、上から熱湯をかけて、すぐに冷水にさらします。
10分くらい水に浸してから水気をよくきって、適当に刻んでかつお節としょうゆをかけて食べると、ごはんが進みますよ。


山の南側の陽当たりのいい斜面に、タチツボスミレが生えていました。
この時期に葉っぱが残っていること自体がとても珍しいことなんですが、なんと種がついていました。

とても陽当たりのいい岩場でしたから、真冬でも陽だまりになってとても暖かかったんでしょうね。 それで季節はずれに花を咲かせて、実をつけたのでしょう。 びっくりしました。

私は植物のこういう融通無碍なところに、神秘性を感じて好きなんですよ。 場所によって背丈が変わったり、葉っぱの大きさや形すら変えてしまう、そういう不思議なところにとても惹かれるのです。 これも子どもの頃からのクセ。
 



  


離れてみるとこんな感じ。→
ちょっと梅が咲いているように見えます。


地域によっては、紙の原料として栽培していたミツマタが、野生化して増えたところもありますが、このあたりでは紙漉きは行われていませんでしたから、天然のミツマタなんでしょうね。
植物の由来を探ることも、自然を楽しむ目線のひとつです。



まだまだ寒い日が続いていますが、小さな草たちだけでなく、木々の 「今年」 もすでに始まっています。

左の画像はなんだかわかりますか? これはミツマタのつぼみです。

ちょっと見るとハチの巣みたいですよね。 このひとつひとつが黄色い花になるんです。 全部開くと黄色い小さな手マリのようでとてもかわいいですよ。 咲いたらまたご紹介しますね。





画像はノイバラの新芽。 つまり野バラですね。 正確にはノイバラというのです。 漢字で書くと「野茨」。
イバラのバラが一人歩きして、花の名前として呼ばれるようになったようですね。 「薔薇」 は中国語の当て字だそうです。

初夏になりますと、白い花をたっくさんつけて、とてもきれいですよ。 もちろん茎はトゲトゲですけどね。


植物の実を見つけました。 形は棉(わた)の実によく似ていますが、中にはびっしりと薄い種が入っています。 格納されている、という感じですね。

これはウバユリの実、種です。 ウバユリは姥百合と書きます。 なぜ姥かといいますと、これはちょっと失礼な命名なんですが、花の咲く頃には葉が傷んでなくなってしまうことがあるため、歯がないから姥(老女)だ、というんですね。

もっともこれはひとつの説で、ほかにも、大きな葉っぱを親にたとえて、葉っぱが子 (つぼみ) を育てて、やがて立派に花咲かせる、その頃には親は役目を終えて枯れていく、という解釈で乳母百合、というのもあります。


小さな実の中にはおびただしい数の種が格納されています。 種には薄い膜がついていて、この種を手に取って、風が吹いたときにぱっと空にほうりますと、風にのって小さなガのように飛んでいきます。
少しでも遠くに子孫を残すための工夫ですね。


色の乏しい冬の山で目を引くのは、アオキの朱色の実と、このミヤマシキミの真っ赤な実です。

このミヤマシキミというのは不思議な植物で、たくさんの株が一箇所にかたまって生えていることはあまりなく、1株、または2株くらいがぽつんぽつんと生えています。
私が見たことがないだけか、あるいは植林によって生育地が狭められたのかわかりませんが、この画像の株も、スギ林の中に1株だけ生えていました。 だからとてもよく目立ってましたね。

葉にも実にも毒がありますから、シカも食べません。 山の中で見つけても 「おいしそうな実ね♪」 とか言って食べないようにご注意ください(^^)


今度は目線を少し上にあげてみましょう。

これはコナラですが、枝に丸いコブコブがついてますね? これはアグロバクテリウムという土壌細菌のコロニーです。
コナラだけじゃなく、クヌギでもよく見られますね。

アグロバクテリウムは根から樹に入り込み、樹のDNAを操作してその一部を書き換え、アグロバクテリウムが必要なアミノ酸をコナラに生成させるという、なんとも不思議な寄生の仕方をするんですよ。

生成されたアミノ酸はコナラにはまったく必要のないもので、つまり乗っ取られてしまっているんですね。
こうしてコナラに栄養分を作らせて増え続けます。 そうして徐々にコナラは弱っていって、やがて枯れてしまいます。
枯れて倒れると、アグロバクテリウムはまた土に戻って、別の樹に入り込んでまた乗っ取るわけですね。 ちょっと恐ろしいですよね。


ところが人間はこのアグロバクテリウムのDNA組み換え能力に目をつけましてね。 アグロバクテリウムのDNAを操作して、植物に有益な働きをするように作り変えて、樹の品種改良などに活用しているのですよ。
う〜〜む、どちらが恐ろしいのだか・・・。
 



さあ、最後に上を見上げてみましょう。

これはクヌギです。 カブトムシやクワガタムシが好きな樹液を出す樹ですね。

このクヌギ、ずいぶんまっすぐに高く伸びてますね。 途中に枝がなく、上の方にまとまって枝が出ています。 この姿で、この樹のまわりがどのような状況だったのか、どういう育ちかたをしてきたのかがわかるんですよ。

樹は葉っぱで光合成をして養分を作りますね。 ですから太陽が当たらないと困るわけです。
このクヌギがまだ小さかったころ、まわりにはもうすでにほかの木が生えていたので、このクヌギは太陽の光を浴びるために、上へ上へと伸びていったんですね。 そのためこうしてまっすぐ上に伸びて、上の方だけに枝をつけているんですよ。 おもしろいでしょ? え? おもしろくない? おかしいなぁ・・・・

植物には、フィトクロームとかフォトトロピンなどの光センサーの役割をする色素があり、それで光の方向や、まわりにほかの植物があるかどうかがわかるのです。 これはおもしろいでしょ? おもしろくない? おかしいなぁ〜 ・・・  じゃぁ 今回は以上!



植物のことはまだまだまだまだまだまだ書きたいことがたくさんあります。
一度に書くとみなさんにひかれてしまいますから(すでにひいているって?)
今回はこれくらいにしておきましょう。

でもどうです? 見ようとする気持ち、見る目を持っていれば
活動の乏しい真冬の山でもいろんなものを見つけることができますし
物を言わない植物から、いろんなことを知ることも想像することもできるんですよ。
みなさんもちょっと足を止めて、小さな花や樹を観察してみてください。
きっとなにか発見があると思いますよ。
発見したからなにがある、というわけじゃないですが
まぁ こういうことも自然を楽しむひとつ、というお話でした。